開発秘話(その�機�

S600開発秘話

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*チェンは切れるもの
*車輪は幾つ?

●チェンは切れるもの
    本田が最初に売出すS600の一番のポイントは、スタイルと性能が最優先と決められた、    特にこの車はスポーツカーでもあり、スタイルを守るために車体構造上可成の犠牲が余儀なく    された、その一番のしわ寄せはリヤーのサスぺンションのレイアウトだった。     トランクの下のスペアタイヤを避けて車高を下げるために、通常のサスペンション構造が    取り付かないため、デフ差動機をシートの直ぐ後ろに置いて、そこからスペアタイヤを    かわして両側に分けてから独自のチェンケースを使って駆動する、という構造を    とらなくてはならなかった。     このチェンによる駆動構造が色々なところで我々開発陣を大いに悩ます所となった。    今思うとこの構造が違っていたらおやじに怒られる回数が大幅に減っていたと思うと、    恨みの構造であり、又、おやじに教わる事が減っていたと思うと感謝しなければならない    構造であったとも言える。     このチェンケースでの最大の心配事はチェンの突然の破断による事故で、チェンが    切れて絡まって片方の車輪がロックし、突然ハンドルを取られ車がコントロールを失って    事故につながる事だった。     私がこのチェンケースの担当を任された時は、ある程度構造上の考えられる対策はケース    に折り込んでおいたが、本当にそれが巧くチェンの巻き込みを防ぐかどうか誰も判らなかった。    この問題を解決するため我々はまず今のものでチェンが切れた時どういう現象が生ずる    のか、という事を調べる事から始めた。     チェンがすぐ切れる様にする必要があるため、チェンを万力に固定しグラインダーで深い    切り込みを入れ,チェンに過大な力が掛かるとすぐ切れる様に加工を行ってから、    ダイナモ(エンジンの出力等を計る装置)にセットし、更にチェンケースには大きな覗き窓    を明けそこから中の様子が見える様に透明の蓋を作った。    そこにストロボライト(回転に同期して光であたかも止まった様に見せる装置)でチェンの    挙動を監視することにした。          我々は固唾を飲む様にして見守りながらテスト始めた、最初はチエンが切れない様に注意    して回して注意深く見ていた、チェンは運転中は可成の勢いで激しく踊っているのに    驚かされた、もっとスムースに回っていると考えていたので先ず驚かされた。    いよいよ最初の破断テストを行う事とした、「行くよ!」の掛け声で緊張に包まれた、    モーターの音が高まって行きそこで急激な過重をかけたところ、突然チエンが大きな「ガクン!」    という音と伴に切れて突然止まってしまった、直ぐ分解して見ると切れたチェンが駆動側の    スプロケットに二重に絡み付いてロック状態になって仕舞っていた。     我々はその状態をじっくり分析しその状態を防止するような対策品を手作り作りあげた、    そして再び破断テストを行った、今度は良いだろう!私は密かに思った、しかし結果は    一回目は良かったが二度目の破断テストで期待は打ち砕かれた。 今度は切れたチェンのしっぽ     が折れ曲がって巻き込まれてしまっていた。    そうかこんな場合もあるのか!と口惜しがったり、変に感動したりしながら又新たな    対策品を必死になって作ってテストに望んだ。     今度は大丈夫だろう!と自信を持って臨んだテストはうまく成功した、私達はやったと    喜び勇んで更に数回の駄目押しテストを行った、それまでは切れても巧く下に溜まっていた    のが、なんと又ガクンとロックして止まってしまった、何故?私は信じられなかった、    不思議に思いながら分解してみると見てみると、今度は勢い余ったのか歯を一つ飛ばして山形    になり狭いところへ来て噛み込んでロックしているではないか。     気を取り直して4度目のテストに入った、このテストはほとんど完全と思われたが、テストを    繰り返したところ6〜7回目に又、ロック状態になってしまった、「なぜだろう?」    私達は分解して状態が判るまで半信半疑であった。     分解して見てみるとそれは切れて溜まったチェンが跳ね上がって逆に反対側のギヤーに    飛び込んだ為のロック状態であった。     思わぬ現象に驚きながら更にチェンが十分な余裕で下に溜まるように懐を広げた対策と、    跳ね上がっても反対側に入って行かない様なを邪魔板をつけて対応したテスト品を作り上げ    更にテストを繰り返した、早くしないと時間がない!祈るような気持ちで再テスト を重ねた、結果すべてOKだった、予定どうりの動作でチェンが切れても絡みつくことなく 巧くポケットに収っていた。     「よし!問題無い!」この一言の結論の確信を得るまでには何と数十回にも及ぶテスト    が荷重を変え、回転数を変え、条件等を変えて、約1ヶ月半も繰り替えされたのでメンバーも    いささかばてぎみだった。     この結果を早速図面に置き換えて量産に近い試作品を作りあげられた、これによる最終    テストも勿論行われた、テストは5回とも見事成功しやっとホットした、しかし更に数回    繰り返した大丈夫だった、皆、苦労が報われた思いだった。     不思議なことにこの間におやじにはまったく見つからずにテストが出来た、恐らく見つ    かっていたら次から次に出てくるアイデアの消化に色々手間取ったと思うと或る意味で    ラッキーだった。     完成した対策品を組み上げている時に偶然おやじが通りかかり首を突っ込んできた    「どうしたい!」    興味深そうにあれこれ部品をひねり回した。     「はい!チェンが切れても絡み着かないように対策した所です、実はテストしてみると    色々なところに色んな形で噛み込みまして、、」    と私はやや得意げに一つずつ説明をした。     おやじは私の顔と部品とを交互に眺めながら部品を色々手にとって聞いていたが最後に    ポツリと    「それで出来たのか?」と聞いた    「はい!大丈夫です、」との返事におやじは    「じゃ〜それでやっとけ!」    と言って立ち去っていった。     あっけない感じで拍子抜けだった、どうもおやじは複雑なチェン切れの現象をうまく    理解できなかったのか又は、自分の考えが大体同じだったのか判らない態度だった、多少    怒られるか、誉められるかすると思っていたのに、、我々は顔を見合わせ肩を竦めた。     対策品が組み込まれたS600が市場で人気をはくしていた、色々な不具合が打ち    上がって来たが問題のチェンの切れた報告はなかった。    やや安心していた矢先に、「チェンが切れたらしいぞ!」という情報が飛び込んで来た、    一瞬ドキリとしたが聞いて見るとそれによる事故はなかったらしい、あれだけテスト    やったのだから、、という自信が心の動揺を押さえる役目を果たした。     故障の現場は大阪の方だったので、チェンケースをそのままの形ですぐ送り返して    貰うように手配した。    次の日、物は特別仕立てのトラック便で送られてきた、はやる気持ちで梱包を解いたが    外側は何の異常も見られず一安心であった。    早速注意深く分解を始めた、関係者は皆集まってじっと私を見詰めていた、蓋が開いた、    多くの目が一斉に覗き来んだ、、、成功だった!!切れたチェンは私が設定した場所に    きちんと収まっているではないか。    「やった!OKだ!」私はテストのチーフと思わず油まみれの手で握手をしていた。     チェンが切れた故障は後にも先にもこの一件だけであった、でも私の心には技術屋の    誇りと自信がしっかりと心に沸いてきたのを感じた思いでとして残っている。
●車輪はいくつ? 私が本田技術研究所の4輪技術者募集の案内に応募して設計者として働き始めたのは、 丁度ホンダスポーツカーS360の試作車の第一号機が産声を上げようとしていた時であった。 デザインと性能を優先したこの車は最初軽自動車で計画されていた、このS360が いよいよ組み立て始めるという情報があり私は興味深々で組立課に向かった、中に入ると そこにはまだ裸のフレームが木の馬と呼ばれる台の上にチョコンと乗せられ足回りを 組み付けているところだった、意外に小さいな!という第一印象だった。 しばらくの間組立部品台の上にあるこれから組付ける部品などを興味深々で眺めていると、 組立の係長と思われる人の大きな声が飛び込んできた。 「おーい、溶断機を持ってこい!」 私は何かと思って様子を見てみると、組み付ける部品とフレームがガッチリ干渉していて 組み付かないではないか!、係長は一旦部品を外させ干渉しているフレームの部分にチョーク でマークを付け、ガス溶断機で切断を始めた。 あたりには火花が散り、塗装の焦げる臭いと煙が立ち込めた、私はびっくりした独断であんな 事をして大丈夫なのだろうか?、強度など大丈夫かな?と見守っていたが、係長は平気な顔で 冷めるのを待ってそのまま組み付け始めた。 私は心配になり設計室に戻り先輩に聞いてみた、先輩は驚く事も無く「あ〜、又やりましたか、 大丈夫ですよ、取りあえず全部を組み上げて見る方が優先ですから、、」 と澄まして答えた、私はこのすさまじい迄のやり方にHONDAの勢いを感じた。 その外にも色々と不具合は有ったが、何とか、かんとか、第一号車は真赤なボデーを載せて 3日程で組みあがった、なかなか格好良かったやっぱりスポーツカーは赤でなくっちゃ と思えるスタイルだった。 組立の馬台からおろされる前に台上で火入れ(初始動)が行われた。最初なかなかエンジンが 掛からなかったが、やっと元気良く「ぶる〜ん」と産声を上げた、数回各部の駆動系等の チェツクを行っていよいよ走る事になった。 あの係長が運転して建物の横に有るテストコースに向かった、我々関係者はぞろぞろと後を 付いてコースへ向かった。 今なら必ず幌を被せて表に出すのだが、当時は何もせず裸のままコースに出していた。 テストコースに付いた時はもうS360はコース上で行ったり来たりしてその真っ赤な 車体を日光の光に輝かしていた、我々はコースの折り返し地点でその音と、スタイルに 見とれていた,遠くの車は小さな赤い点となって光っていた、が、ふと気が付いて見ると 遠くからこちらへ来る車がなんかおかしいのに気が付いた。 真っ正面から目を凝らしてみると普通なら2つしか見えない車輪が何と4つ見えるでは ないか!、私は隣りにいた先輩のフレーム車体の設計者のMさんに「あの車輪何かおかしく ありませんか?」と尋ねた。 先輩は黙ってじっと見ているだけだった、そして丁度返ってきた車に今度は代わって 乗り込んで走り去って行った、私も乗りたくてむずむずしていたが3人程乗ったところで 何か不具合が有った様で又組立に戻ってしまった。 私は次の機会を期して設計室に戻って設計を続けた、、突然近くの先輩が「仕舞った〜!」 と低い声で唸った、何かと振り返る私に「あれよ〜、50mmセンターを間違えちゃったよ!」 と頭を抱えてつぶやいた。 聞いてみるとS360の後輪の取り付け位置を50mm右にずらして設計をしてしまい、 其の侭組み付けられたので、後輪のみ横にずれてしまい、前から見ると後ろの車輪が50mm 横にはみ出して見えていたのだった。 先輩に「こんなトラブルなんて珍しいですね、、、」といったら、「良くある事よ、 これなんか良い方だよ○○さんなんか、(と大先輩の名を上げて)何しろ前進1段、後進4段の ミッション(変速機)を作ったのだから、、、」と 私は思わず「エー!」と驚いて吹き出してしまった。 今だに記憶に鮮明に残っている古き良き時代の出来事だった。             

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